契約や法律行為は、通常、自分自身が行うものです。しかし、ビジネスや日常生活では「代理人」が本人に代わって契約を結ぶ場面が少なくありません。このときに問題となるのが「無権代理」です。代理権がないにもかかわらず「代理人」と称して契約をした場合、その契約は有効なのか、本人は拘束されるのか、という点が重要になります。
民法はこの点について明確にルールを定めており、特に民法第113条から第120条が関連条文として規定されています。この記事では、無権代理の基本的な考え方、条文の内容、判例や実務上の意味について、できるだけわかりやすく解説していきます。
無権代理とは何か
無権代理とは、代理権がない者が「本人の代理人」と称して法律行為を行うことをいいます。
たとえば、次のようなケースが典型です。
- AさんがBさんの代理人であると偽って、Cさんと売買契約を結んだ場合
- Aさんに代理権を与えていないのに、Aさんが本人Bの代理人として賃貸契約を締結した場合
このような場合、代理権がないため原則として本人を拘束しません。しかし、相手方Cさんを保護する必要もあり、無権代理に関しては民法が詳細な規定を設けています。
無権代理に関する民法の条文
無権代理に関する主な条文は以下のとおりです。
民法第113条(無権代理)
代理人がその権限外の行為をしたときは、本人に対してその効力を生じない。
ただし、本人がその行為を追認したときは、この限りでない。
→ 無権代理の原則は「本人に効力が及ばない」ということです。ただし、後から本人が追認すれば、その時点で有効になります。
民法第114条(追認)
前条ただし書の追認は、相手方に対してすることを要しない。
→ 追認は相手方に直接伝える必要はなく、本人の意思表示で足ります。ただし、実務上はトラブルを避けるために明示するのが通常です。
民法第115条(追認の効果)
追認は、契約時にさかのぼってその効力を生じる。
→ 追認の効果は契約時に遡ります。そのため、最初から有効な契約だったかのように扱われます。
民法第117条(無権代理人の責任)
無権代理人が契約をした場合、本人が追認しないときは、相手方の選択により、無権代理人は履行または損害賠償の責任を負う。
→ 本人が追認しないと、相手方は無権代理人に対して「契約を履行せよ」と請求できるし、あるいは「損害賠償せよ」と請求することが可能です。
この条文は、無権代理人に厳しい責任を負わせることで、安易に他人の代理を名乗らせないための規定です。
無権代理が問題となる具体例
1. 不動産売買のケース
Aさんが本人Bの代理人を装って、CさんにB所有の土地を売却した場合、Bが追認しない限りCは土地を取得できません。ただし、Bが後から追認すれば、売買は有効になります。
2. 家族が勝手に契約を結んだケース
夫が妻の承諾なしに妻名義でローン契約を結んだ場合も無権代理です。この場合、妻が追認しない限り契約は成立しません。
3. 会社の従業員が権限なく契約したケース
従業員が会社の代表権限を持たないのに勝手に取引契約を締結した場合、会社は拘束されません。ただし、会社が追認した場合は有効になります。
無権代理と相手方の保護
民法は、無権代理の相手方を保護するための規定も用意しています。
- 追認を催告する権利(民法第114条・115条)
相手方は本人に対して「追認するのかどうか」を一定期間内に回答するよう催告できます。 - 無権代理人の責任(民法第117条)
本人が追認しない場合、相手方は無権代理人に対して履行請求または損害賠償請求ができます。
このように、無権代理の相手方は完全に泣き寝入りするわけではなく、一定の救済手段が保障されています。
表見代理との違い
無権代理と似た制度に「表見代理」があります。
- 無権代理:代理権がないにもかかわらず代理行為をした場合(原則無効)
- 表見代理:外形的には代理権があると見えるため、相手方が正当な信頼をした場合には契約が有効になる制度
つまり、無権代理は本人に効果が及ばないのが原則ですが、表見代理は「相手方を保護するために有効」となる点が大きな違いです。
判例から見る無権代理
無権代理をめぐる判例は数多くあります。代表的なものを紹介します。
- 最高裁判決(昭和40年9月2日)
無権代理行為は原則無効だが、本人が追認すれば有効になることを確認。追認の効果は契約締結時に遡及する。 - 最高裁判決(平成6年11月22日)
無権代理人に責任を追及する場合、相手方が無権代理であることを知らなかったことが要件となる。相手方が善意であることが重要である。
これらの判例は、無権代理の基本的枠組みを補強するものです。
まとめ
無権代理は、本人の意思に基づかない契約であるため、原則として本人に効力は及びません。ただし、本人が追認すれば有効になり、相手方は一定の保護を受けることができます。また、無権代理人は本人が追認しなかった場合、相手方から履行請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。
実務上は、代理権の確認を怠らないことが最も重要です。不動産取引や高額な契約では特に注意が必要です。
無権代理の条文(民法第113条~117条)はシンプルですが、実際には相手方・本人・無権代理人の三者間で複雑な法律関係を生じさせます。この記事を通じて、代理制度の重要性と無権代理のリスクについて理解を深めていただければ幸いです。
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